■人を信じるだけムダなんだと思う
人を信じて傷つけられる経験は誰しもすることだと思う。
恋人、親、友達、先生、他人。
特に、親、恋人、信じていた友達なんてものから裏切られたりしたら、もうどうしようもない闇が襲ってくる。
寝て深夜に起きたときとかそんなことない?すげえ殺意に襲われる。ああ人をむちゃくちゃにしたいって。でも親の悲しむ顔が出てくるし、そこまで腐ってないからしないしできないけど。
自分のない頭で考えてみたんだけど、絶対なにもかも信じるという行為っつーのが神様にしか出来ないことだと思うんだよ。いるはずもねーけど。いたら誰も傷つかねーよ。
人間全て信じることなんてできるかという話。100%信じるなんて無理で、ムダだ。
実際さあ、俺はなんでも信じるよ!人間は信じてこそなんぼだって言う人いるわけ?
結構俺そういう感じだったんだよね。疑う自分が嫌いだから全て信じるよーみたいな。
でももう駄目なわけ。簡単に人はウソをつくし、傷つけるわけ。相手は俺を傷つかせてること気づいてないんだよね。これはひどい。
人を信じるって言うのは、自分を傷つかせないためにしてきたことなのに、逆に自分を傷つけてるわけで。
でも、人を疑ったらそれもまた自分を傷つける。
正直人がみんな同じ顔で、思ってることが伝わればいいのにとか思う。
そしたら相手の思ってることが直に伝わってくるわけで、それで傷つくことはあっても、どうしようもないことなわけじゃん。だから自分自身を嫌いにならなくてすむと思うんだよ。
相手の考えてることが筒抜けなわけだから、そこに思いやりやら優しさやらも生まれてくると思うんだよね。
でもんなの無理なわけで、人間誰かを信じなきゃやっていけないよね。
俺おかーさんとかおとーさんとかいくら裏切られたり、暴言はかれてもずーっと信じるわ。
自分が事故ったり病気になったとき、なんか問題起こしたときにないてくれる人なんかいまい。
所詮親やら兄弟以外は他人なんだよね。実際問題俺必要とされてるの?
彼女とか信じてきても浮気されてばっか。あなたは人を信じすぎるのよ。って人を信じてなにが悪いんだよ!!お前が信じろっていったんだろ!!
ああ何が言いたいのかわからなくなってきた。くそう。ビリーブとトラストは違う。俺はもうビリーブだったものが一生トラストだよ。アイビリーブインフューチャー信じてるなんてもういえない。ああもう誰も裏切らないでくれ。
彼女とか信じてきても浮気されてばっか。あなたは人を信じすぎるのよ。って人を信じてなにが悪いんだよ!!お前が信じろっていったんだろ!!
信じた人間に裏切られるのはつらいことだけど、
自分を信じている人間を裏切るのもつらいことだ。
増田は人に甘えすぎてるのかもな。
なんで浮気されたんだろうな。
なぜ増田は彼女の心を繋ぎ止めておけなかったのだろう。
ほんとうに考えなきゃいけないのは、そのことじゃないか。
信じろと言われたから信じたんだ、なんて言うなよ。
疑う自分が嫌いなんだろ。誰かを信じないとやってけないんだろ。
だれのために信じたんだ。自分のために信じたんじゃないのか。
裏切りを、相手だけのせいにしちゃだめだ。
相手だってつらかったはずだ。
あのさあ、100%なんて信じなくていいんだよ。
いや、「信じなくていい」というのは違うな。「信じちゃいけない」。
信じることは美しい、疑うことは醜い。
そんな風に考えてない? これって間違いだから、まずこれを取り去っちゃおう。
新しい価値観はこれ。
「100%信じるのは、むしろ相手に失礼」
何故かって。
100%信じるっていうのは、相手の失敗を許さないということだから。
100%信じちゃってたら、もし相手が裏切ったときとか、もし相手が失敗しちゃったとき、
「こんなに信じてたのに! ありえない!!」
ってなるよね。これダメだよ。絶対NG。
相手も人間だし、人間らしい間違いくらいするよ。
んだから、信じるのは98%まで。2%は相手を許すためにとっておく。
「最初から疑ってかかるなんて」と思うかもしれないけど、これでいいんだよ。
98とか2とか、この辺の数字は自分で変えてもらっても構わないけど
一番真摯な「信じる/疑うのバランス」を考えてごらん。
全部信じること、全部疑うことは、なんでもない。安易なことだよ。
強くなりたいなら、相手を許せるようになろう。
つまり、2%だけは常に疑えるようになろう。